2010年07月01日

片目の子猫

第4回「キャッツ愛童話賞」童話部門 佳作作品 佐野由美子 作

人のいいおじいさんの自宅の軒下に住み着いた捨て猫の親子。
その中で、一匹の子猫は片目がつぶれていました。
おじいさんは、その子猫を放っておくことができず、飼い猫にすることにしたのです……。

やさしいおじいさんと猫たちの心温まる交流。ホカホカとした気持ちになる童話です。


「ミャオ、ミャオ」
春の日の朝、おじいさんは猫の鳴き声で目を覚ましました。
「なんだね?金太、うるさいぞ。」
おじいさんは、ふすまを開けて、廊下にいる飼い猫の金太を見ました。
 おや?
 金太はいつものように、廊下の端っこで丸くなっています。
「おまえじゃなかったのか?では、誰が鳴いたのかな?」
不思議そうに首をかしげるおじいさんに気付いて、金太がうっすらと目を開けました。
「ニャーオゥ」
 ふむ・・・・・と、おじいさんは考えました。
 たしかに、さっきの鳴き声と金太の声は違うようです。
 金太の声は、丸々と太った体にふさわしく力のこもった声。ですが、さっき聞こえた鳴き声は、もっと弱々しいものでした。
 その時です。
「ミャオ、ミャオ」
また、鳴き声が聞こえました。
 おじいさんは、声のする方へ歩いていきました。
 どうやら、鳴き声は・・・・家の外から聞こえてくるようです。
(ほう、ここだ!)
鳴き声は、南の縁側の雨戸のむこうから聞こえていました。
 おじいさんは、そっと雨戸をあけました。すると、ガラス窓の向こうに − 真っ白い猫がいました。
「ミャオ・・・」
おじいさんの姿を見ると、また猫は弱々しく鳴きました。
「いったいぜんたい、おまえさんはどこから来たんだね?」
「ミャオ」
真っ白い猫は首輪をはめていました。そのピンクの首輪にはチイコ≠ニ書いてありました。
「おまえさん、迷子になったのかね?」
「ミャオ」
「まあ、とにかくミルクを飲んでからにするかね?」
「ミャオ」
「さぁて困った。何を言っとるのか、さっぱり分からん。」
 仕方なくおじいさんは、冷蔵庫の中から牛乳を取り出してお皿に注ぐと、白い猫の所へ持っていきました。
「ミャオ!」
白い猫は、ものすごい勢いで牛乳を飲み始めました。
 ピチャピチャピチャ・・・。
 全部飲み終えると、おじいさんを見上げてまた、
「ミャオ」
と鳴きました。今度は猫の言っていることがなんとなく分かりました。
「もっと欲しいのかね?」
「ミャオ」
 仕方なくおじいさんは、金太のために買っておいた缶詰を開けました。
「なあ金太。あの猫はひどく腹を空かしとるようだ。おまえのエサを半分あげてもいいかね?」
「ニャーオゥ」
金太はどうぞご自由に≠ニいうように、また目を閉じて丸くなりました。
「ほら缶詰を持ってきたぞ。」
そう言いながら、もう一度縁側へ行って − おじいさんはあっ≠ニ驚きました。
 なんと!
 白い猫のおなかの下に、四匹の子猫がいたのです。
 小さな小さな子猫。
 ふわふわしたぬいぐるみのような子猫。
 真っ白い子猫が二匹、真っ黒い子猫が二匹!おまえさんはお母さん≠セったのかね!!」
「ミャオ」
 それではきっと迷い猫ではないでしょう。
 飼っていた猫に赤ちゃんが出来て・・・困った飼い主さんは − 。
(この猫たちは、捨てられたのかもしれないな)
おじいさんは、とても哀しい気持ちになりました。

 猫の親子は、おじいさんの家の軒下に住みつきました。
「やれやれ、面倒なことになったものだな」
そう言いながらも、おじいさんの表情はどうしてもゆるんでしまうのです。
 だって。
 子猫たちは、なにをしてもかわいいんですもの。
 お母さんの猫のしっぽにじゃれて、すってんと転んだり、兄弟同士でふざけ合って、庭の植木の間をゴロゴロ転がったり・・・見ていて、本当に飽きないのです。
 でも。
 おじいさんにはおや?≠ニ心配に思っていることがあったのです。
 それは・・・・・・。四匹いるうちの二匹、白い子猫と黒い子猫の一匹の瞳のことでした。
 あとの二匹の兄弟はパッチリしたかわいい瞳をしていますが、この二匹は・・・・・・いつも瞳からめやに≠出してほとんど瞳を閉じているのです。
(この子たちは病気かもしれないな)
そう思ったおじいさんは、二匹の子猫を獣医に連れていこうとしました。
 でも、お母さん猫がフーッと毛を逆立てて怒るのです。子どもに触らないで=@− そう言っているようでした。
 おじいさんは、ちっとも腹が立ちませんでした。お母さんが子どもを大切にするのは当たり前なんですもの。
「病院へ連れていってやりたいだけなんだがねぇ」
おじいさんは仕方なく、しばらく様子を見ることにしました。

 三日後、悲しいことが起こりました。
 黒い子猫が死んでしまったのです。
 やっぱり、よく瞳が見えなかっのでしょう。瞳をショボショボさせながら道へ出ていって・・・・車にひかれたのです。
 小さな小さな、なきがら。
 お母さん猫は黙って子猫をくわえると、どこかへ運んでいきました。
(今のうちに!)
おじいさんは手袋をはめて、白い子猫を抱きあげました。 − もう一匹の瞳の悪い子猫です。
 白い子猫の片目は、ぽんぽんに腫れ上がっていました。まるで、瞳の中にビー玉が入っているかのように・・・。
(すぐに病院へ連れていこう)
とおじいさんは思いました。 
 でも、その時。遠くから戻ってくるお母さん猫の姿が見えたのです。
「ブニャンゴ、ブニャンゴ」
お母さん猫は、いつも子猫たちを集める時の鳴き方をして必死に走ってきました。
 元気な子猫たち二匹は、その声を聞いて、たっ!とお母さんへと走り寄っていきました。
「ブンニャゴ、ブンニャゴ」
お母さん猫は、もう一匹を捜しています。
 すると、おじいさんの手の中で、子猫が必死に暴れ始めました。
お母さんのところへ行きたいよう!離してよう
ー 子猫がそう言っているようで、おじいさんは思わず子猫を抱く手をゆるめました。その一瞬のスキに、子猫はさっ!とおじいさんの手を逃れて、いちもくさんにお母さんのところへ走っていきました。
 お母さん猫は安心したように、子猫たちの体をペロペロとなめました。
 お母さん猫は、おじいさんをじっと見つめていました。
あなたは私の子どもを誘拐しようとしたの?
そんなふうに疑われているようで、おじいさんはふうとため息をつきました。
「やれやれ。言葉か通じないというのは、本当に困ったことだよ。」
おじいさんは子猫を病院へ連れていくことをあきらめました。

 子猫たちはすくすくと育ち、ますます愛らしくなっていきました。
「かわいい子猫がいるよ!!」
小学校帰りの子どもたちが見に来るようにもなりました。その中の一人の子どもが、
「私、子猫が飼いたいな。」
と言い出しました。
 ふむ・・・・・・とおじいさんは考えました。
 このままずっと野良猫≠ニして猫の親子を飼い続ける訳にはいきません。どんどん野良猫が増えては、近所の人達にも迷惑がかかるでしょう。
(子猫たちの貰い手を捜さなくてはいけないな)
おじいさんは、そう思いました。そこで、子猫が欲しいという小学生の女の子に、
「おうちの人に聞いてみなさい。お父さんやお母さんが飼ってもいいよ≠ニおっしゃったら・・・・・・子猫を連れにおいで。」
 次の日。
 女の子が、にこにこと嬉しそうな顔をしてやってきました。女の子のお母さんも一緒についてきていました。
「お母さんが、子猫連れてきてもいいって言ってくれたの」
と言い出しました。
「そうかね。それは良かったねぇ − 子猫も素敵な飼い主さんに出会えて幸せだよ。」
おじいさんの言葉を聞いて、
「あら、そんなの困りますわ。」
と、女の子のお母さんが言いました。
「猫をずっと飼うつもりなんて、ありません。だって猫って・・・家を汚しますでしょ?柱を削ったり網戸をやぶったりされたら嫌ですもの − ただ、この子がどうしても子猫をかわいがりたいと言うものですから、二、三日かしてほしいんですの。」
「・・・ ・・・ ・・・。」
おじいさんは黙って、軒下で身を寄せ合っている猫の親子を見ました。
「どうしようかなぁ。白いのもかわいいし、黒いのもいいよね〜。」
女の子が猫に近付こうとするのを、おじいさんは、そっと止めました。
「すまんが、猫はかしてあげられないよ。」
「えっ!?どうして?」
「猫はね、おもちゃではないんだよ。生き物なんだ。 − きちんと飼うつもりのない家にこの猫はあげられないよ。」
女の子のお母さんが、こわい顔をしておじいさんをにらみました。
「この猫はあなたの猫なんですか!?野良猫でしょう?あげない≠ネんて、あなたにそんな権利があるんですか?」
「たしかに、この猫たちはわしのものではない。だがね、この子猫たちは間違いなく母猫のものだよ。 − 母猫と同じように愛情を注いで一生大切にしようと思わなくてはならないと思うのだがね。」
「もういいですわっ!!」
女の子のお母さんは、女の子の手を引っ張って帰っていきました。
「お母さんがペットをレンタルしてあげるこんな野良猫より、ずっとキレイでかわいいわよ!それでいいでしょ!」
と、捨てゼリフを残して − 。
「やれやれ。」
おじいさんは、がっくりと縁側に腰を下ろしました。
「人間は、どんどん駄目な生き物になっていくような気がして − わしは悲しいよ。」
 そんなおじいさんの様子を、お母さん猫はじっと見ていました。

 不思議なことに、その日から、お母さん猫は子猫から安心して離れるようになりました。そして、おじいさんが子猫の頭をなぜたりしても怒らなくなりました。
「少しは、わしのことを信用してくれたのかね?」
「ミャオ。」
お母さん猫は、ごろんとおなかを見せて、おじいさんの足元に転がるのでした。
(これなら、子猫を病院へ連れていけるかもしれんな)
おじいさんがそう思った時には − もう遅かったのです。
 ぽんぽんに腫れていた右目の腫れが引いた時には、もう、子猫の瞳は失くなってしまっていたのです。
「この子はとても野良猫の世界では生きていけないだろうな」
おじいさんは、小さくつぶやきました。
 だって。
 その片目の子猫は、オスだったのです。
 野良猫の世界ではなわばり¢いがあって、弱いオス猫は行き場をなくしてしまうのです。
(ようし、飼ってくれそうな人を捜そう)
おじいさんは、そう心に決めたのでした。

 おじいさんは小さな花屋をしています。
 毎朝早起きをして苗物や植木の手入れをして、市場へ売りに行くのです。
 おじいさんは花を買いに来てくれた人たちに、せっせと猫の話をしました。
 その結果、黒い子猫が欲しいという人が現れました。ずっと大切にして飼っていた黒猫が死んでしまったので、是非黒い子猫を貰いたいというのでした。
「大切にしますから。」
 − この人なら大丈夫。おじいさんは、そう思いました。

 残るは、白い子猫二匹です。
「飼いたいな。」
という人は、何人かいました。
 でもみんな両目ともある方でなければ困る≠ニ言うのでした。
 ところが、瞳が健康な方の白猫は人間が大嫌い。いつもエサをくれるおじいさんでさえ、近寄ると、ささっと物かげにかくれてしまうのです。これでは貰ってもらうどころか、捕まえることさえ出来ません。
(あの子は人間を嫌っている。人間に飼われることは苦痛かもしれないな)
おじいさんはそう思って、しきりに片目の方の子猫を勧めるのでした。
 でも、返事は・・・・・・すべてノー=B
「瞳のない猫なんて気味が悪いわ。」
そんふうに言う心ない人さえいました。
(仕方ない。こうなったら、わしが飼おう)
おじいさんが決心したその日 − 片目の子猫は、姿を消してしまいました。

「猫を捜しているんですが見かけませんでしたかね?まだ子猫で片方の瞳が無いんです。」
おじいさんは近所の人に聞いて回りました。
でも、誰も子猫を見かけたという人はいませんでした。
 おじいさんは、黒い子猫が死んでしまった日のことを思い出しました。
(やはり、どこか体の悪い子から死んでゆくものだろうか・・・・・・)
おじいさんは泣きたい気持ちになりました。
「なあ、あの子はどこへ行ってしまったのかね?おまえさん母親≠セろう?心配じゃないのかね!?」
「ミャオ」
お母さん猫は・・・・・・なぜか知らんぷりをして、一匹だけ残った白い元気な子猫にお乳をあげていました。
 次の日も、やっぱり片目の子猫はいませんでした。
(きっと、もうだめだ。あの子は死んでしまったに違いない・・・・・・)
そう思った途端、おじいさんの瞳から涙があふれました。
 生まれて、まだ三ヶ月。
 ずっとずっと目の痛みに耐えて、痛みがなくなったと思ったら − 大切な瞳の片方失って・・・・・・。
 それでも何の文句も言わずに、ただ一生懸命に生きていたのに。
(神様は、いったい何を見ていらっしゃるのか・・・・・・)
おじいさんは、そっと青い空を見上げました。

 翌日の朝。
 奇跡が起こりました。
 もうすっかりあきらめて植木の手入れをしているおじいさんのもとへ、片目の子猫が帰ってきたのです。
 ガツガツにやせていましたが、生きていました。
「いったい、今までどこへ行っていたのかね?心配したんだよ。」
おじいさんは、子猫を抱き上げました。
 子猫の体は、とても冷たくなっていました。
「たいへんだ!温めなくては!」
おじいさんは子猫を家の中に連れていくと、ほわほわしたタオルで包んで温めました。
 それから、温めたミルクとカツオの缶詰を子猫の鼻先に置いてみました。
 すると!
 がつがつがつ・・・・・・。
 ピチャピチャピチャ。
 子猫は、その小さな体からは想像もつかないような勢いで、エサを食べ始めたのです。
 そして食べ終わると、おじいさんを見上げて、
「ミャ」
と小さく鳴きました。
「おまえさん、このまま・・・・・・うちの猫になるかね?」
「ミャ」
「ようし決まった!では、おまえさんの名前は − イシマツ≠セよ。」
おじいさんは白い子猫を石松≠ニ名付けました。
「では、まず・・・・・・うちのボスに挨拶をしなくてはならんな。」
おじいさんはそう言うと、石松を金太のところへ連れていきました。
「金太、この子の名前は$ホ松!だよ。仲良くしてやってくれるかね?」
 金太は金色に光る目で、じっと石松を見つめました。
 そして、たったっと早足で石松に近付いていきました。
(いじめてしまうだろうか・・・・・・?)
おじいさんは少し心配しました。
 ですが、金太は石松のおしりのにおいをくんくんと嗅いだだけで、あとは興味なさそうにごろんと横になりました。
「面倒を見てやってくれるかね?」
「ニャーオウ」
「石松はまだ小さいから、風呂に落ちたりしないように気をつけてやっておくれ。」
「ニャーオウ」
「それから、これが一番大切なことなんだがね・・・」
おじいさんは金たの頭を優しく触りながら言いました。
「石松は瞳がひとつしかない。でも、だからといって変に優しくしなくていいんだよ。ふつうに仲良くしてやっておくれ。悪いことをしたら怒っていいんだ。瞳がないから、かわいそう≠ニか・・・そんなふうに思うことが差別なんだよ。」
「・・・・・・ニャーオウ」
金太は、その大きな金茶色の体をおじいさんに摺り寄せて、ぼくは、そういうおじいさんが大好きだよ≠ニいうように、ゴロゴロとのどを鳴らしたのでした。

 こうして、石松はおじいさんの家の一員になりました。
 縁側のガラス窓越しに、お母さん猫や兄弟猫を見ることはありましたが − 外へ出ていこうとはしませんでした。
 そんな石松の様子を見たお母さん猫は、数日後、もう一匹の白い子猫と共にいなくなってしまいました。
「わしに子どもを取られた≠ニ思ったのかもしれないな。 − 良いことをしたつもりだったのに・・・・・。」
おじいさんは、お母さん猫に申し訳ない気持ちで一杯になりました。
(安心しておくれ。ちゃんとこの子猫を育てるからね)
おじいさんは心の中で、お母さん猫に約束をしました。

 石松は金太のあとについて回ります。
 金太がエサを食べると自分も食べ、金太がトイレに行くと自分もおっかなびっくり砂場の中に入っていって・・・・ちーっとおしっこをするのでした。
 金太はちょっぴり面倒くさそうに、廊下のタンスの上に乗って眠ってしまいます。
 そこは、まだ石松がのぼれない場所。石松は、しばらくじっと上を見てピョンピョンとジャンプをしますが − そのうちにあきらめて、ひとりで遊び始めます。
 おじいさんが買ってくれたボール。
 くしゃくしゃに丸めた紙くず。
 ビー玉。犬のぬいぐるみ。おそうじするモップ・・・・・・。スーパーのビニール袋。
 とにかく、何にでもそばえるのです。
 広い廊下の端から端まで、走ること!
 たったったったっ。
 ゴロゴロゴロ。
 石松が走って、ポールが転がって − 。
 おじいさんの家は、いきなりにぎやかになりました。
 お風呂にも、何回か落ちました。ドボン≠ニいう音に気付いておじいさんが走っていくと、石松はお湯の中で頭だけを水面に上げて犬かき≠ナ泳いでいました。
「なんと!おちびさんが一番風呂かね?」
なんだかおかしくて、おじいさんはおなかを抱えて笑うのでした。
 こんな事件≠烽りました。
 ある日、おじいさんがいつものように仏様を拝もうとすると − りん棒≠ェありません。
りん棒≠ニいうのは、仏だんの経机のそばにある、チーンと鳴る鈴をたたく棒のことです。
「やれやれ、困ったぞ」
おじいさんは一生懸命、りん棒をさがし始めました。
「なくなるはずがないんだが・・・・・」
そう思って、ピーンとひらめきました。
(ひょっとして、石松が持っていったのかもしれん)
 でも、なかなか見つかりません。
 テレビの裏、ダンポール箱の中、テーブルの下・・・・・・。
 石松が、くわえていったものをかくしそうな場所はすべて見ました。やっぱり出てきません。
(とりあえず、違う棒でたたいておこう。)
おじいさんはちょっと考えて、割り箸を持ってきました。
《カン》
と、くすんだ変な音がしました。
 やっぱり、なんでもいいという訳ではなさそうです。どんな物も適当に使ったものなんてないのです。仏だんの鈴をたたくには、やっぱりりん棒!がないと困ります。
「なあ、金太、どこへ持っていったか知らんかね?」
「ニャーオウ」
さあ?知りませんよ≠ニ金太。
「困ったな」
そう思った時、雨の音がしました。にわか雨です。
「たいへんだ!洗濯物!」
おじいさんは、慌ててテラスへ出ようとサッシの戸を開けて − 。がっ≠ニ何かが引っかかりました。戸が、半分くらいしか開きません。
「あっ!!こんなところに!」
 りん棒はありました。サッシの戸のレールの溝に、はまり込んでいたのです。
(こんなところまで、よく運んできたものだなぁ)
おじいさんが感心するやらあきれるやらしているうちに − 。
 あーあ。洗濯物は、びたんこになってしまいました。
「まったく、このやんちゃ坊主め。」
そんなふうに怒りながらも、なんだかやっぱりおかしくて、おじいさんはおなかを抱えて笑うのでした。

「このごろ、父さんよく笑うようになったわねぇ」
おじいさんの娘さんが週末にやってきて言いました。
「そうかね?」
「そうよ。 − きっと、あの子猫が来てからだわ。」
「石松かね?」
「ええ。 − それに、父さんだけじゃなく・・・金太も明るくなったみたい。」
(そういえば、そうだな)
と、おじいさんは思いました。
 金太は、子猫の頃からおじいさんに飼われていた訳ではありません。大人の猫になってから、おじいさんの家に貰われてきたのです。
 金太の以前の飼い主さんは − 動物を飼ってはいけないアパートで、内緒で何匹もの猫を飼っていたのでした。
 一匹ずつ、持ち運び用の檻の中に入れっぱなしで − 鳴き声を立てることも許されずに。
 結局、猫を飼っていることを大家さんにばれてしまい、猫たちは処分されることになりました。ですが、それではあまりにかわいそうだというので、里親さがしをすることになったのです。
 その話が、おじいさんが花売りをしている市場にも聞こえてきて − 。おじいさんは金太を貰うことにしたのでした。
「金太は今まで、仲間と触れ合ったことがないんだよ。・・・石松は金太に慣ついているし、金太はやっと仲間といると楽しい≠アとに気付いたのかもしれないな。」
「石ちゃんは、すごいわね。」
おじいさんの娘さんは、小さな石松をそっと抱き上げました。
「石ちゃんは、みんなに幸せを運んでくれたんだもの。」
娘さんはそう言って、石松の首にピンクのリボンを結んでくれました。小さな鈴のついたかわいいリボンです。真っ白い石松に、そのリボンはよく似合っていました。
「おいおい、石松は男の子だよ。ピンクのリボンはおかしいんじゃないかね?」
「あら、父さんは古いわね!今はもう、男の子は青で女の子は赤なんて、そんなことはないのよ。ランドセルだって二十四色の時代なのよ。」
「そうか。それは、にぎやかなことだな。」

 石松はあっという間に、みんなの人気者になっていきました。
 新聞代の集金の人、ダスキンの交換に来るおばさん、苗物を買いに来た人・・・・・・。
 最初はみんな、石松が片目しかないことに驚いていましたが − そのうちに口をそろえて、こう言うようになりました。
「不思議ねぇ。なんだか瞳がひとつしかなくても、ちっとも変じゃないと思うようになってきたわ。見慣れたのかしら?」
「いいや、見慣れた訳じゃない。みんなが石松を好きになってくれただけだと思うがね。」
おじいさんは決まって、そう答えるのでした。

 そんなふうに月日が過ぎて、すっかり秋めいてきたある日曜日のことです。
 おじいさんが居間でテレビを見ていると、突然 − 石松が、そわそわし始めました。
「いったい、どうしたというのかね?」
おじいさんが首をかしげたその時、表の方で車の音がしました。
「父さん、そうじをしに来たわよ。」
やってきたのは、おじいさんの娘さんでした。
 石松は、たっ!と玄関の方へ駆け出していきました。
「あら石ちゃん、お出迎えありがとう。」
娘さんはいつものように石松を抱きあげてひざの上に乗せてくれました。
 石松はグルグルグル・・・・・・とのどを鳴らして幸せそうに目をつむりました。
 あの日 − ピンクのリボンを結んでもらってから、石松はおじいさんの娘さんのことが大好きになったのでした。
(そうか・・・・・・)
と、おじいさんは思いました。
(さっき石松がそわそわしたのは − 車の音が聞こえたからなんだな。)
 石松は娘さんのひざの上で、すうすうと寝息をたて始めました。
「石ちゃんのおかげで、いつもそうじが全くはかどらないわ。」
そんなふうに、ぶつぶつ文句を言いながらも娘さんもなぜだか少し嬉しそうなのでした。
「石松は − おまえが来るのを、誰よりも早く気付いていたよ。」
「えっ、そうなの? − なぜか分かったのかしら?」
「多分・・・・・・耳がものすごくいいと思うのだがね。遠くから聞こえてくるおまえの車の音に反応したように思うんだよ。」
「そういえば・・・・・・」
と娘さんは眠っている石松を見ました。
「石ちゃん、きつねのように耳が大きいわねぇ。」
 そうなのです。
 石松の耳は・・・・・・他の猫よりも少し大きめ。ほんの小さな物音にも、ぴくん!!と反応するのです。
「やっぱり − 神様はよく見ていらっしゃるものだね。」
「えっ?」
「いや、石松が以前に二、三日行方不明になった時・・・・・・わしは神様は何を見ていらっしゃるのか≠ニ不満だったのだがね。でも、今はやっぱり神様は公平なんだ≠ニ思えるんだよ。」
「どうして?」
「・・・・・・石松は失くした右目のかわりに、いろんなものを持っているからだよ。 − 片目でも、石松はちっとも不幸でもなければ、かわいそうでもないと思うんだ。」
「そうねぇ。私はむつかしいことはよく分からないけど − 石ちゃんのこと、大好きだしかわいいと思っているわ。だれかが瞳のある猫とかえっこしよう≠ニ言ってきても、きっと断わると思うの。瞳があるとかないとかは、そんなに大切なことじゃないのよ。大切なのは石ちゃんは石ちゃん
≠チてことだわ。」
「ミャー」
むすめさんのひざの上でうっすら片方の目をあけて、石松はう〜んと伸びをしたのでした。

 そんな中、石松お風呂に落ちて死ぬ事件≠ェ起きました。
 おじいさんは、お世辞にもお金持ちではありません。
 もちろん家も、木造の古い家です。
 お風呂も − 水道の蛇口をひねったらお湯が出るというものでわなく、先に水を入れておいてガスで沸かすタイプです。
 お風呂の浴槽のふたも、ぴったりサイス゜の合ったものでなく、ちょっと触るとガタガタと音がします。
「新しいのにしたら?」
と、何度も娘さんは言うのですが、
「物は壊れるまで大切に使うものだよ。」
と、おじいさんも譲りません。
 − そして、事件の日がやってきてしまったのです。
 その日、娘さんの仕事はお休みでした。
(お天気もいいし、父さんの布団を干しに行こう)
そう思い立って、娘さんは午前中におじいさんの家に行きました。
 おじいさんは花売りに行っていて、留守でした。
 娘さんは合いカギで家に入り、布団を干してそうじをして −、
(そうだわ。お風呂の水も入れていってあげよう)
と思ったのです。
 お風呂の浴槽に水を入れ、半円形のふたを二枚、きちんと閉めました。
 でも。
 ひとつだけ、忘れてしまったのです。
 それは・・・・・・。
 お風呂のドアを、きちんと閉めること。
「金ちゃん、石ちゃん、またね。」
家事を終えて、娘さんが帰っていったあと・・・・・石松はドアのすき間から、お風呂場に入りました。
 ひたひたひた・・・・・・
 冷たいタイルの上を歩いていると − 
 ポチャーン。
 水道の蛇口から落ちる、しずくの音がしました。
 石松の耳が、びくっと外側を向いて・・・・・・音のするものを見つけました。
 ポチャーン。
 しずくは蛇口から落ちて、お風呂のふたの上に落ちています。
(おもしろそう)
と石松は思いました。
 そして、ひらりとお風呂のふたの上に乗ったのです。
 ガタガタ・・・・・・と音がしました。
 てくてくてく。
 がたがたがた。
 石松が歩いて、ふたが鳴って・・・・・・。
 石松はだんだん楽しくなってきて、ふたの上を走り回りました。
 たったったったっ。
 ガタンガタンガタンガタン。
 たったったったっ。
 ガタガターガッタン!
 次の瞬間、お風呂のふたがずれてナナメになって − ドボンと水の中に沈んでしまいました。
 もちろん石松も、水の中。
 でも、お風呂に落ちたのは、これが初めてという訳ではありません。
 石松は平気でした。水面から頭だけを出して犬かき≠していました。
 でも。
 おかしいんです。
 いつもならば、すぐにおじいさんが飛んできて、
「まったく、このやんちゃ坊主め!」
と助けてくれるのに・・・・・、今日はいっこうにおじいさんの来る気配がありません。
 石松は、だんだん疲れてきました。
前足も後ろ足も、だんだん重くなって・・・・・動かなくなっていきました。
 ぶんぶくぶく・・・・・・
 とうとう石松は力尽きて、水の中へ沈んでいってしまったのです。
「ニャーオゥ?」
異変を感じて、金太が鳴き声をあげたその時、玄関の開く音がして − おじいさんが帰ってきました。
「ニャーオゥ!ニャーオゥ!!」
いつもと違う金太の様子に、おじいさんは首をひねりました。
「いったいぜんたい、どうしたというんだね?」
「ニヤーオゥ!!」
金太は落つきなく、うろうろと家中を走り回ります。玄関から居間、廊下、台所、お風呂場・・・・・。
 なんとなく気になって、金太の後をついて歩いていたおじいさんは、何気なくお風呂場をのぞいて − おや?≠ニ思いました。
 お風呂のふたが半分、ナナメになって水の中に沈んでいます。そして − 
(おや?タオルが落ちたのかな?)
おじいさんは、ふたと一緒に水の中に沈んでいる白いもの≠見つけました。そして、ぎょっ!!としました。
「たいへんだ!石松!!」
おじいさんは、すぐに石松を水の中から拾いあげました。
 石松は、まるで水の中に入れた雑布のように重くて − ぐったりとしていました。
「どうすればいいんだ?」
おじいさんは、おろおろしてしまいました。
「ニャーオゥ!!」
金太がしっかりしてくださいよ!=vというように力強く鳴きました。
「そうだね。まず落ちつかなくては。」
おじいさんは深呼吸をしました。
「まず、水を吐かせなくては」
おじいさんはバスタオルの上に石松を横たえて、そっとおなかを押しました。
 ぴゅっと、石松の口から水が出ました。
 − でも、それだけ。
 石松はぐったりしたまま、瞳をあけませんでした。
「そうだ!獣医に電話してみよう。」
おじいさんは、いつも金太を診てもらっている獣医さんに電話をかけてみました。
 トゥルルル。トゥルルル・・・・。
 何回めかの呼び出し音のあと、カチャリと電話が切られてしまいました。
(ああ、そうだった・・・・・)
と、おじいさんは時計を見ました。
 時計は、ちょうど十二時を指していました。
 獣医さんの診療時間は、午前九時から十二時。そのあとは夕方の診療になるのです。
 このあいだ、市場の帰りに獣医さんへ行った時 − おじいさんは見てしまったのです。
 トゥルルル・・・・・とかかってきた電話を、受け付けの女の人がガチャリと切ってしまうのを・・・・。
 確かに − 時計は、もう十二時を回っていました。診療時間は終わっているのだから、仕方ないのかもしれません。
 なんだかひどく哀しい気持ちになりました。
 なので、つい、言ってしまったのです。
「ひどい急病で電話してきたのかもしれませんよ。話くらい聞いてあげてもいいのではないですか?」と
 受け付けの女の人は、ちょっとムッとした顔をしながら、
「時間で切っていかないと大変なことになるんです。それでなくても、とっても忙しいんですもの。どうしても!
という人は緊急の方の電話にかけてくれると思います。」
と答えました。
「そうですか・・・・・。しかし、その緊急の電話番号を知らなかったら困るでしょうね。」
「一番最初にご来院された時のパンフレットに明記してあります!」
「そうですが。」
「 − ところで、何かご用ですか?」
「ああ、うちの猫の肥満改善用のキャットフードを買いに来たんですよ。」
「わかりました。」
受け付けの女の人は、奥の棚からキャットフードを持ってきました。
「千四百八十円です。 − なるべく時間内に買いに来て頂きたいと思います。」
「これはどうも、すみませんな。」
なんだか気まずくて、おじいさんは、そそくさと帰ってきたのでした。
(もう十二時だから、電話をとってくれないんだ・・・・)
おじいさんは、がっくりと肩を落としました。
 最初もらったパンフレットなんて、もう失くしてしまって、ありません。緊急時の電話番号は分かりませんでした。
 石松はやはり、ぴくりとも動きません。
「もう、だめだ・・・・・・」
おじいさんは頭をかかえました。
 その時、玄関のチャイムが鳴りました。
 隣の人が回覧板を持ってきたのでした。
「朝晩、ずいぶん涼しくなりましたわねぇ。」
「ええ、そうですな。」
隣の人と話している間も、おじいさんの心はどんよりと重かったのでした。
(かわいそうにことをしてしまった)
と、おじいさんは思ったのでした。
(うちで飼うことにしたばっかりに、こんなことになってしまった。 − こんなことならお母さん猫と一緒に居させてやれば良かったな・・・・)
そんなふうに後悔もしました。
(あいつも、泣くだろうな)
おじいさんは、娘さんのことを思いました。
娘さんは石松のことを、とてもかわいがっていましたから・・・・。
 その石松が自分が入れていった風呂の水で溺れて死んだ≠ニ知ったら、娘さんはきっとひどく苦しむに違いありません。
 娘さんが傷つくと思うと − おじいさんの心はきりきりと痛むのでした。
(わしが目を離したスキに、前の道に飛び出して車にはねられたということにしよう。・・・・・・明日の朝一番に焼き場≠ヨ石松を持っていこう。)
おじいさんは、そう決めました。焼き場≠ニいうのは、おじいさんの住む地域が運営している動物埋葬場≠フことです。
「 − では、おじゃましました。」
「はい、どうも。」
隣の人が帰っていきました。
 おじいさんは、ふうっと深いため息をついて、お風呂場の前に戻りました。
 すると!!
「ミャー」
まるで何事もなかったように、石松はちょこんとバスタオルの上に座っていました。
「おまえさん、生き返ったのかね!?」
おじいさんが目を白黒させて手を差し伸べると −、
(あそんでくれるの!?)
とおもったのでしょう。
 石松は、おじいさんの手に元気よく猫パンチをくり出したのでした。
「やれやれ。きっとおまえさんは長生きするよ。なんといっても、一度死んだ猫なのだからね。」
おじいさんは、ぽんぽんと石松の頭をなぜました。
「それにしても、ほっとしたよ。ああ良かった!」
おじいさんは、びたびたにぬれたバスタオルを片付けながら、じっと石松をみつめました。
「おまえさんが動かなくなったのを見て、わしは心臓が縮むかと思ったよ。いつの間にか − おまえさんは、うちの大事な家族の一員になっていたんだね。頼むから大事な猫≠フ自覚を持って、危険な行動は慎んでおくれ。」
「ミャー?」
石松は不思議そうな顔をして − また、いつものように廊下を走り出したのでした。


そして。
 すっかり朝の空気が涼しくなった秋の日。
「ミォオ、ミャオ」
おじいさんは、かすかな鳴き声で目を覚ましました。
「・・・・・はて?」
と、おじいさんは布団に寝転がったまま考え込みました。
(この声は・・・・・・いつか聞いたことがあるんだが・・・・・・)
「ミャオ、ミャオ」
・・・・・金太ではありません。
「ミャオ、ミャオ」
・・・・・・似ているけれど、石松でもありません。
「ミャオ、ミャオ」
・・・・・・そう、あれは − 遠い春の日。雨戸越しに聞こえいた鳴き声・・・。
(石松の・・・お母さん猫だ!!)
おじいさんは、がばっと布団の上に起き上がりました。
 そうして、急いで南の縁側へ行きました。
「ミャオ、ミャオ」
やっぱり鳴き声は、雨戸のむこうから聞こえていました。
 おじいさんは、そっと雨戸を開けました。
「ミャオ!」
やっぱり、石松のお母さん猫でした。
「おまえさん、どこへ行ってたんだね。」
「なんだか少し太ったようだね。」
「ミャオ」
お母さん猫は − たしかに、あの春の日より丸々としていました。
 顔と首のあたりは、そう太っていないのですが・・・・・おなかのあたりが、ふっくらと大きくふくらんでいたのです。
「 − もしかして!」
おじいさんは、はっと気がつきました。
「おまえさん、またお母さん≠ノなるのかね!?」
「ミャオ!」
お母さん猫は嬉しそうに鳴きました。
「まさか、うちで産む気なのかね?」
「ミャオ」
「やれやれ、困ったことになったぞ。」
おじいさんは頭を抱えたのでした。

そんなことはおかまいなしに − 。しばらくして、お母さん猫は五匹の子猫を産みました。
「わしは知らんぞ。」
と言っていたおじいさんでしたが − 生まれ立てのほんわりころころした子猫たちが、冷たい秋の風に吹かれているのを見ると・・・・・・軒下にダンボール箱を用意してあげたのでした。
ダンボール箱の中にはタオルが敷いてあって、お母さん猫はとても気に入った様子でした。
  
「困ったことになったんだ。」
と、おじいさんは娘さんに打ち明けました。
「まあ!今度は五匹も!?」
娘さんも驚いたようでした。でも − 次の瞬間、ぷぷっと笑い出したのです。
「父さん、よっぽどあのお母さん猫に信用されているのねぇ。」
「いやいや、そんなことはない。 − わしは石松をお母さん猫から引き離した人間なのだからね。・・・・・きっと嫌われていると思うのだよ。」
「あら!そんなことないわよ。」
と娘さんは、軒下にいる猫の親子を見ました。
「子どもを盗られた≠ニ思っているなら、もう二度とここへは来なかったと思うわ。やっぱりここが一番安心≠ニ思ったから、ここで子育てする気になったんじゃないかしら。」
「そうだろうか?」
「絶対、そうよ。ね?チイコ。」
「ミャオ」
軒下でころんと寝転んで子猫たちにお乳をあげながら、お母さん猫が鳴きました。
「みんな野良猫にする訳にはいかないから、今度も父さんに里親さがし≠してもらうといいわ。」
「ミャオ」
「やれやれ。勝手なことを言わんでほしいものだね。」
おじいさんは渋い顔をして、家の中に入っていきました。
「大丈夫よ。うちの父さんは、馬鹿がつくほど優しくてお人好しだから、きっと放っておけなくて、面倒見ると思うわ。」
「ミャオ」
「 − それが分かってて、あの春の日、あなたと子猫をうちの前に捨てたのだとしたら・・・・私は、あなたの前の飼い主さんが許せないわ。」
「・・・・・ミャオ」
「でもね。ひとつだけ感謝していることがあるのよ。 − それわね、石松と出会えたこと。
石ちゃんはね、今ではすっかりうちの大事な猫で、なくてはならない存在なのよ。」
「ミャオ」
「ありがとうね、チイコ。 − 石松を産んでくれて。」
「ミャオ」
お母さん猫は目を細めて、五匹の子猫たちをなめました。
 真っ白い子猫が、三匹。
 トラじまの茶色い子猫が、二匹。
「いい飼い主さんが見つかるといいわね。」
娘さんは、お母さん猫の頭を優しくなぜたのでした。

「はい、いらっしゃいませ。」
「・・・・菊苗を五つ、くださいな。」
「ありがとうございます。」
今日もおじいさんは、元気に花売りをしています。
 花売りをするおじいさんの横には、ダンボールで作った立て看板がありました。
 そこには、何枚もの、かわいい子猫が写った写真と共にこんな言葉が書かれていました。


    ・猫の貰い手をさがしています。
    ・かわいい子猫の時だけでなく、ずっと
     大切に飼ってくださる方にお譲りした
     いと思います。     花屋店主

 やっぱり娘さんの言う通り。
 おじいさんは放っておけなくなって − また里親さがし≠始めたのでした。


 秋の午後。
 おじいさんの家の廊下には、おだやかな陽だまりが出来ています。
 廊下に敷いたユニット畳の上に、金太がごろんと横になっています。そして、その横に − 石松もやっぱりマネをして、こてんと横になっています。
 辺りには、さっきまで石松が遊んでいた紙くずやビニール袋、ねこじゃらしの棒、ぬいぐるみが散らばっています。
 おじいさんが帰ってきたら、きっと、
「やれやれ、困ったもんだ。 − いつになったらイタズラをやめるかね?この、やんちゃ坊主め!」と笑うでしょう。
「ニャーオゥ」
金太が大きなあくびをして、眠り始めました。
「ミャー」
石松は、すりすりと金太に近寄って − ぱふんとおなかの上に頭を乗せました。そしてそのまま、すうすうと寝息をたて始めました。
 おだやかな優しい秋の午後。
 片目の子猫・石松は、幸せそうにのどをグルグルと鳴らしたのでした。




 ハート出版 公募のお知らせ

 第4回「キャッツ愛童話賞」受賞作品発表


■ これまでの受賞作品


第1回受賞作
人の生き方を変えた猫ひふみ


第3回受賞作
こねこのいのち


第4回受賞作
難病の子猫クロといつもいっしょ

posted by 公募 at 09:40| Comment(0) | 童話部門